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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)4950号 判決 1976年10月04日

原告

長野栄吉

被告

南国重機建設株式社会

ほか二名

主文

被告らは各自、原告に対し、金一〇〇万一五七七円およびうち金九一万一五七七円に対する昭和五〇年五月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その三を被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自、原告に対し、金一八九万五八三二円およびうち金一六九万五八三二円に対する昭和五〇年五月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五〇年五月二六日午前八時一五分頃

2  場所 大阪市大正区北泉尾町二丁目一〇六

3  加害車 小型貨物自動車(大阪四四む二五八二号)

右運転者 訴外宇崎八朗

4  被害者 原告

5  態様 原告がオートバイ(自動二輪車ホンダ一二五CC)を運転して道路左端を西から東へ進行中、対向してきた事故車が進路前方に出てきた他の車両を避けるため、右に転把し、急制動をかけたところ、一回転してスリツプし、後向きの状態で原告車に衝突した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自動車損害賠償保障法三条)

被告南国重機建設株式会社(以下被告会社という)は、加害車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

被告会社は、訴外宇崎八朗を雇用し、同人が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により本件事故を発生させた。

3  代理監督者責任(民法七一五条二項)

被告池田、同横山はいずれも被告会社の代表取締役であり、使用者に代つて事業を監督する代理監督者である。また加害自動車運転者である訴外宇崎八朗には進路前、側方不注視、回避譲措置不適切の過失があつた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷 左脛骨々頭裂骨折、左前腕挫創、左手掌打撲、両膝下腿打撲挫傷

(二) 治療経過

昭和五〇年五月二六日から昭和五〇年八月九日まで中村医院に入院

昭和五〇年八月一〇日から昭和五〇年一一月三〇日まで同医院に通院(治療実日数六一日)

2  治療関係費

(一) 治療費 八〇万三七五〇円

(二) 入院雑費 三万八〇〇〇円

入院中一日五〇〇円の割合による七六日分

(三) 入院付添費 一〇万六六〇〇円

入院中妻が付添い、一日二五〇〇円の割合による四一日分と付添人交通費四、一〇〇円

(四) 通院交通費 六九〇〇円

バス代往復 一〇〇円×四一日分

一四〇円×二〇日分

3  逸失利益

休業損害

原告は事故当時ニコニコのり株式会社に勤務し、一か月平均一七万二三三七円の収入(事故前一年間の収入を一二で除した額)を得ていたが、本件事故により、六か月間休業を余儀なくされ、その間一〇三万四〇二二円の収入を失つた。

4  慰藉料 八五万円

5  本件事故により原告所有の原動機付二輪自転車(大正か三八七八号)が破損し、一五万六〇〇〇円の損害を蒙つた。

6  弁護士費用 二〇万円

四  損害の填補

原告は次のとおり支払を受けた。

1  自賠責保険金 八〇万円

2  労災保険金 四九万九四四〇円

五  本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一の1ないし4は認めるが、5は争う。

二の1は認める。

二の2は過失の点を除き認める。

二の3は被告池田が被告会社の代表取締役であることを除き争う。

三は不知。

四は認める。

第四被告らの主張

過失相殺

本件事故の発生については原告にもつぎのとおり進路前方不注視、回避措置不適切の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

宇崎は時速約五〇キロメートルで進行していたが、転回するため減速し、ブレーキ操作したが、スリツプしたためこれより一〇・四〇メートル先から左後輪がほぼ三七・七メートルの距離をスリツプした状態で滑走して停止した。

ところで車のブレーキ操作時より停止までのマイナスの加速度をa、その間の時間をt、その間の走行距離をMとすれば、一般的に時速五〇キロメートルの車両に加速度が働いた場合は

M=50,000/3600(m/s)・t+1/2at2  ……………………(1)の関係が成立する(単位はメートルと秒を使用)

また加害車両の左後輪はブレーキ操作時から三七・七メートルを進行して時速五〇キロメートルの状態からマイナスの加速度が働いて時速〇キロメートルの状態になつたのであるから、その関係を表わせば

M=37.7メートル …………………………………………(2)

50,000/3600(m/s)+at(m/s)=0 ………………(3)

そこで右(1)、(2)、(3)を解けばt=約五・四三秒

a=約マイナス二・五六(m/s2)

そこで被害車両(原告車)の速度を時速三〇キロメートルとすると、毎秒八・三三メートル、加害車両停止と同時に衝突したとの前提に立つと、このとき原告車は事故現場より西方四五・二三メートル地点にあり、実況見分調書上から加害車後輪より加害車両前部までの長さは三メートルとみられるところ、右スリツプ開始地点における加害車両前部から事故現場まで東西間の直線距離は三三・六メートル、被害車両と相対距離は七八・八メートルとなる。

そこで原告が前方を注視して走行していたならば、加害車がブレーキ操作したことを自車より七八・八メートル前方、同車が横斜め向きにセンターラインをオーバーしはじめたのを六二・三メートル、同車がセンターラインを超したことを四八・九メートル、同車が後車輪もセンターラインを超え、かつ異常事態にあることを三九メートル各前方に発見し得た筈であるから、原告において、容易に制動措置をとつて衝突を回避できたものであり、原告の過失割合は五割を下らないと考える。

証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争がなく、同5の事故の態様については後記第二の二で認定するとおりである。

第二責任原因

一  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、当事者間に争がない。従つて、被告南国重機建設株式会社(以下被告会社という)は自賠法三条により、本件事故による自動車破損の損害(物損)を除く原告の損害を賠償する責任がある。

二  使用者責任

請求原因二の2の事実は、過失の点を除き当事者間に争がなく、過失の点については後記認定のとおりであるから、被告会社は民法七一五条一項により、本件事故による原告の損害(前記物損を含む)を賠償する責任がある。

1  証人宇崎八朗の証言、原告本人尋問の結果および成立に争いのない甲第一〇、第一二、第一三、第一四号証によると、つぎの事実が認められる。

(一) 事故発生現場付近の道路状況は歩車道の区分があり、車道(幅員一五・五メートル)にはセンターラインが設けられてあるだけでなく、東行(七・八メートル)、西行き(七・七メートル)各車線とも二車線ずつに仕切られている東西に通した直線道路で前方のみとおしはよく、路面はアスフアルト舗装され、平坦で事故当時乾燥していた。

また速度は時速四〇キロメートルに制限されている。

(二) 訴外宇崎八朗は前記事故発生日時ごろ、加害自動車(大阪四四む二五八二号)を少くとも時速五〇キロメートルで運転して、事故現場近くまで西進してきたところ、ふと用件を思い出し東に引返すためいきなり右転回しようとして、急制動、急転把したため、車両の安定を失わせ、自車を右斜めに滑走させて対向車線上を暴走させ(路上に左前輪約三〇・三〇メートル、左後輪約三七・七〇メートルのタイヤコーナー痕を残している)、おりから西から東に向かい、東行き車線のうちの北側(歩道寄り)車線(幅員三・九〇メートル)内を時速三〇キロメートル弱で直進進行してきていた原告運転の自動二輪車前輪に自車後部を衝突させて路上に転倒せしめ、その結果原告に負傷させたものであること。

2  右認定事実からみると自動車運転者としては、転回に際しては予め減速徐行して、ハンドルブレーキ等を確実に操作して転回し、高速度での急転回を差控えるべき注意義務があるところ、訴外宇崎においてこれを怠り、前認定のとおり高速で右に急転回しようとしたため本件事故が発生したものであるから、訴外宇崎八朗に過失のあつたことは明らかというべきである。

3  なお成立に争いのない甲第一一号証、甲第一二号証によると、さらに事故発生後アスフアルト舗装された平面道路において、本件加害車を被告会社従業員鎌刈修運転警察官立会の下に時速約五〇キロメートルで走行中、急ブレーキをかけた結果は、

第一回目 路面スリツプ痕

全長約一四メートル、後輪約一一・八メートル

で左、右車輪ともほぼ同じ程度のスリツプ痕がつき、

第二回目 路面スリツプ痕

全長約一三・一五メートル、後輪約一〇・八〇メートル

であり、ブレーキ操作に異常は認められなかつたことまた別に彌栄工業株式会社製のイヤサカブレーキ速度計複合試験機によつて前、後輪のブレーキテストを実施したが、異常はなかつたこと。

前輪左右のブレーキシユーの摩耗の検査結果も特に異常は認められなかつたこと。

タイヤは加害車両前後輪四輪ともタイヤの山が摩耗し、滑りやすい状態になつており、ブレーキペダルのふみしろは調整がなされておらず、ブレーキペダルレバーが床のシートに接触するくらいに深くなつており、ブレーキ操作はダブルをよく踏むようになつていたことが認められる。

4  右3の事実と訴外宇崎が前記のとおり本件事故において、左前輪約三〇・三〇メートル、左後輪約三七・七〇メートルのタイヤコーナー痕を残して衝突していることからみれば、右転回するつもりでブレーキを踏むとすぐ(制動が殆んどきいていない状態で)ハンドルを右に切つた(高速、急転把)とみられ被告らにおいて主張する如くブレーキがきいた結果三七・七メートル進んで停止し、その間均等にマイナスの加速度が働いたかどうかは極めて疑わしいところである。

即ち、路面上には加害車が衝突地点より三七・七メートル手前の時点でブレーキ操作の結果有効に制動しはじめたことを明証するいわゆるスリツプ痕(スキツドマーク)は確認されておらず、タイヤコーナー痕はここにいうスリツプ痕とはその発生原因を異にし、タイヤにブレーキ操作の結果制動がかゝつているかどうかを表わすものではない(昭和四五年七月法曹会発行交通事件執務提要八二〇―八二一頁参照)から、スリツプ開始後五・四秒経過後に衝突したこと、これを前提とする加害車の移動状況はその主張根拠が弱いものとしてにわかに採用できないところである。むしろ成立に争いのない甲第一三号証中の横すべりして行つている時私には車をとめることはできませんでした。

私としては右転回のための減速ブレーキなのにそれがきかずあのように長くすべつてしまつたと思う。……途中で私は車をとめようとしたがとまりきれなかつた完全にロツクされたので向きが変つたと思う

と宇崎が述べているところからみると、訴外宇崎において被告主張地点より後にブレーキ操作をしたことも十分に考えられるのである。

三  代理監督者責任

民法七一五条二項にいう「使用者に代りて事業を監督する者」とは客観的にみて使用者に代り現実に事業を監督する地位にあるものを指称するものと解すべきであり、使用者が法人である場合において、その代表者が現実に被用者の選任、監督を担当しているときは右代表者は同条項にいう代理監督者に該当し、当該被用者が事業の執行につきなした行為について代理監督者として責任を負わなければならないが、代表者が単に法人の代表機関として一般的業務執行権限を有することから、ただちに同条項を適用してその個人責任を問うことはできないと解するを相当とする。

したがつて、被告池田嘉信、同横山嘉徳をもつて、同条項にいう代理監督者であるとするためには、同被告ら両名が訴外宇崎八朗の使用者たる被告南国重機建設株式会社の代表取締役であつたというだけでは足りず、同被告が現実に右被用者宇崎の選任又は監督をなす地位にあつた事実をその責任を問う原告において主張立証しなければならない。

そこで本件についてこれをみるに、成立に争いのない甲第一九号証証人宇崎八朗の証言被告横山嘉徳本人尋問の結果によれば、被告会社は資本金一〇〇万円、建設機械であるクレーンを運転手付きで貸出すことを仕事(営業の目的)にしており、本件事故当時従業員数は二五ないし三〇名、被告会社が保有するクレーン台数は三〇台くらいであつたこと。右従業員のうちにクレーン運転手でない者は訴外宇崎を含め三名だけでこれらは営業員つまり注文とりの仕事に従事し、三名のうち訴外鎌刈を責任者ときめてはいたが、その上司は被告横山になつていたこと。被告会社には課長等の役職もなかつたこと被告池田、同横山はともに代表取締役であつて毎日会社に出て直接前記従業員らに仕事の指図をしていた(被告池田、同横山の間では横山は主として経理を担当していたが、毎日朝、夕いずれかに一日の仕事の打合せをするときは両名のいずれかが指図に当つていた)ほか、他に常勤の取締役もいないこと。また建設工事現場が眼にとまつたときには被告横山から訴外宇崎に注文とりに行つてくるよう直接指示することもあつたこと。宇崎は新聞の求人広告で採用したが、採用時には右被告両名が面接のうえ採用決定したこと等の事実が認められ、右認定事実に照らすと、右被告両名は民法七一五条二項にいう使用者たる被告会社に代り事業を監督する者にあたるとみることができるので、右被告両名は本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

第三損害

1  受傷、治療経過等

成立に争いのない甲第一ないし甲第五号証によれば、請求原因三―(一)(二)の事実が認められる。

2  治療関係費

(一)  治療費

成立に争いのない甲第二、第四、第六号証によると、原告は本件事故による前記受傷治療のため八〇万三七五〇円の治療費を要したことが認められる。

(二)  入院雑費

原告が七六日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日五〇〇円の割合による合計三万八〇〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

(三)  入院付添費

成立に争いのない甲第一号証と経験則によれば、原告は前記入院期間中入院当初から昭和五〇年七月五日までの四一日間妻の付添看護を要し、その間一日二〇〇〇円の割合による合計八万二〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。(なお付添人交通費四、一〇〇円については右付添費中に包含考慮されている。)

(四)  通院交通費

原告が通院のため交通費六九〇〇円を要したことについては、これを認めるに足る証拠がない。

3  逸失利益

休業損害

原告本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第八号証の一ないし一二、成立に争いのない甲第一、第三、第五、第六号証によれば、原告は事故当時、ニコニコのり株式会社に自動車運転手として勤務し、一か月平均一七万二三三七円の収入を得ていたが、本件事故により、入、通院治療のため昭和五〇年一一月三〇日まで休業を余儀なくされ、その間少くとも合計一〇三万四〇二二円の収入を失つたことが認められる。

4  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、年齢、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は六五万円とするのが相当であると認められる。

5  物損

成立に争いのない甲第一〇号証、原告本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第九号証の一、二によれば、原告が本件事故によつて破損した自動二輪車は昭和五〇年五月二四日に大阪市大正区大正通五丁目一一、渡辺モータース、渡辺正から代金一六万六〇〇〇円にて買受けた新車であつたが、本件事故により破損後の引取価格は一万円に過ぎないので、その差額一五万六〇〇〇円は原告が本件事故によつて蒙つた損害と認めることができる。

第四過失相殺

前記第二認定の事実さらに成立に争いのない甲第一四号証によると、原告は事故当時交通閑散なのに気を許していたところ、前方にキーキーという音で前を見ると目の前に相手方車が後を自分の方に向けて、右前方から滑走してきた状態であり、あつ危ないと思つたつぎの瞬間相手車の後方に自車の前輪をあてた。

相手車を認めた時、急ブレーキとハンドルを右に切つて逃げようとしたが間にあわなかつたと事故時の状況を述べていることからみれば、本件事故の発生については原告にも進路前方不注視による障害物発見遅怠の過失が認められるところ、前記認定の宇崎八朗の過失態様等諸般の事情を考慮すると、訴外過失相殺として原告の損害の二割を減ずるのが相当と認められる。

第五損害の填補

請求原因四の事実は、当事者間に争がない。

よつて原告の前記損害額から右填補分一二九万九四四〇円を差引くと、残損害額は九一万一五七七円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は九万円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて被告らは各自、原告に対し、一〇〇万一五七七円、およびうち弁護士費用を除く九一万一五七七円に対する本件不法行為の日である昭和五〇年五月二六日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相瑞一雄)

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